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オバマ大統領訪日と歴史問題

  • Apr 20, 2014
歴史認識の問題は、何も日本だけにあるわけではない。むしろどんな国にも、歴史をどう認識するかについての問題が大なり小なりある。


過ぎ去った昨日

  • Mar 02, 2014
Yesterday is history by Emily Dickinson


決して忘れない

  • Mar 02, 2014
9.11同時多発テロ事件の前後、私はヴァージニア大学のロースクールで教えていた。


雪のヨーク

  • Mar 02, 2014
ヨークは古い町だ。ローマ人がブリタニア島を支配していた頃、皇帝の北の宮廷が置かれたという。


楽しい川辺

  • Jan 02, 2014
子供のころ、児童文学者の石井桃子さんが自宅に設けた子供の図書館、「かつら文庫」に毎週通った。そこで『楽しい川辺』という石井さんが訳した本に出会う。


オバマ大統領訪日と歴史問題

 オバマ大統領がもうすぐ訪日する。12月末に安倍晋三首相が靖国神社を参拝して以来、日米関係は多少ぎくしゃくした。もともと安倍総理が好きではない日米の進歩派は、それ見たことかと中国や韓国と一緒に非難したが、それだけではない。日米関係を重要視し日本に好意的なアメリカの政権内外の人たちも、当惑を隠さなかった。より強固な日米関係をめざすいろいろな努力に、靖国参拝が水を差したからだ。「未来を語ろうと言っていた安倍総理が、過去に戻ってしまった」と、知日派である私のアメリカの知人は嘆いた。

 それにオバマ政権が在京大使館を通じて出したDisappointed というコメントを、同大使館が「失望した」と訳したのは不幸だった。もともとこの言葉は、appointの否定形であり、appointはat pointから来ている。むしろ「狙っていた点に当たらなかった」すなわち「期待外れだった」に近いニュアンスだろう。「失望」すなわち「望みを失った」は訳しすぎだった。総理の靖国参拝が現地時間でクリスマスディナーの最中だったのも、まずかった。正月元旦の朝にオバマ政権が重大発表をして、東京がてんてこ舞いするようなものである。官邸ではだれもそれを考えなかったのだろうか。

 それ以来4ヵ月、世界ではいろいろなことがあった。特にウクライナ情勢の劇的な展開は米ロ関係を大きく揺るがし、オバマ政権はこれまでの外交政策を見直しているように見える。力による現状変更は許さないと大統領がプーチンに対して強く言うのは、そのまま東アジアに当てはまる。日米首脳会談でも、そのことが強調されるだろう。日米は同盟を結んでいる。今度の訪日で、このところ揺るぎがちなアメリカ外交政策の信頼性を、大統領は同盟重視を確認することによって高めねばなるまい。歴史問題は多少影を薄めたように見える。

 このことは、しかし歴史認識の問題が消えてしまうことを意味しない。ロシアがクリミアを併合した直後の3月末、私はワシントンを訪れ、議会でオバマ訪日に関する討論会に出席、議会関係者と議論した。そこではウクライナの情勢に鑑みて日米同盟のより一層の重要性を認識しながらも、安倍政権の右傾化を問題にする声が多かった。中国や韓国の強力な宣伝活動もあって、アメリカには依然そういう声がある。靖国はともかく慰安婦問題については圧倒的に日本の分が悪い。訪日の際、オバマ大統領は安倍総理と歴史問題について非公式な場で率直に話をすべきだという意見も強かった。それは両首脳間のあいだの信頼にかかわる問題だし、アメリカの世論は大統領にそれを期待するというのである。

 歴史認識の問題は、何も日本だけにあるわけではない。むしろどんな国にも、歴史をどう認識するかについての問題が大なり小なりある。アメリカでも、黒人差別に関する歴史問題が依然くすぶっている。奴隷の境涯に置かれただけではなく、南北戦争後解放されても差別がなくならず、現在でも黒人はあらゆる面で公平に扱われていないという不満は、黒人のあいだで根強い。一方白人の側には、過去の差別は確かにまったく正当化できないが、いつまでもその問題に執着して不平ばかり言っているのは言いがかりだという反発がある。加えて南部の白人は時に、南北戦争で戦い命を落とした父祖たちの勇気と献身を否定すべきでないと訴え、進歩派の白人や黒人と対立しがちである。

 たとえば南軍の軍人を葬った墓地が今でもアメリカには総計100ヶ所ほどあるが、そうした墓地で南軍の旗を掲げるのを許すべきかどうか、これまで何回となく問題になり訴訟が起きている。最近まで南部の一部の州では議事堂のうえに南軍の旗を掲げていたが、黒人団体の強い抗議運動によって2000年、サウスカロライナ州を最後にすべて下ろされた。しかし今でもミシシッピー州の旗は、その左上の隅に南軍の旗を残している。

 オバマ大統領の人気が低下して盛んに批判される今日、2008年この人物が大統領に選ばれたとき雄弁に人種間の和解を説いて、多くのアメリカ人の共感を呼んだことを忘れがちである。ケニア人の父と白人の母のあいだに生まれたオバマは、当時一部の白人からは黒人であることを売り物にしていると非難され、一部の黒人からは十分黒人ではないと疑われた。それに対しオバマ候補は、むしろその背景ゆえに人種間の融和を強く説いた。

 大統領選挙の年の3月、オバマ候補はフィラデルフィアの憲法センターで人種関係について演説を行った。極端な白人非難をした自ら所属する黒人協会の牧師を非難し、同時に自分を育ててくれた白人の祖母が、黒人に対して偏見に満ちた発言をしたのを覚えていると述べる。そしてアメリカは今でも完全な国家ではない、数々の間違いを犯してきたけれども、しかしこの国は同時に多くのことをなしとげた。アメリカの国民が一つにまとまって力を出しあえば、もっと多くのことが出来ると、前向きなメッセージを発した。

 苦難をだれかのせいにするのではなく、人の苦難に手を差し伸べ、自らの問題を自ら解決していこう。「アフリカ系アメリカ人は、過去の重荷を背負って生きていかねばならないが、過去の犠牲者になってはいけない」という言葉は、心を打つ。

 今からおよそ150年近く前、南北とも多くの兵士が命を落としたゲティスバーグでの演説で、リンカーンは「生き残った我らがなすべきは、ここで戦った者たちが志なかばでやり残した貴い仕事に、新たな決意で取り組むことである。生き残った我らが取り組むべきは、行く手に控えている偉大なる使命を成し遂げることである」と述べた。南北間、人種間の対立は、実際はそれから一世紀半経っても完全には解消していないが、それでもリンカーンは戦後なすべきことがあることを示した。オバマはその道を歩み続けようと、国民に呼びかけたのである。予想されたように、オバマはその目標を達成していない。むしろアメリカの政治は二極化してとげとげしくなっている。しかしそれでもオバマは、自らのアメリカの夢を捨てていないのかもしれない。

 オバマ大統領に近い私のある知り合いは、安倍総理がこのフィラデルフィアの演説について大統領に語りかけ、日韓のあいだで消えないわだかまりについても静かに話しあうといいのだが、と言っていた。果たして日米の最高指導者に、そんな静かな会話を交わす時間と余裕があるのかどうか。けれども目先の問題であまりにも忙しい二人が、お互いの歴史問題について思索をめぐらすことができれば、たとえ合意はしなくとも、相互の信頼は増すと思うのだが。