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ブログ記事

オバマ大統領訪日と歴史問題

  • Apr 20, 2014
歴史認識の問題は、何も日本だけにあるわけではない。むしろどんな国にも、歴史をどう認識するかについての問題が大なり小なりある。


過ぎ去った昨日

  • Mar 02, 2014
Yesterday is history by Emily Dickinson


決して忘れない

  • Mar 02, 2014
9.11同時多発テロ事件の前後、私はヴァージニア大学のロースクールで教えていた。


雪のヨーク

  • Mar 02, 2014
ヨークは古い町だ。ローマ人がブリタニア島を支配していた頃、皇帝の北の宮廷が置かれたという。


楽しい川辺

  • Jan 02, 2014
子供のころ、児童文学者の石井桃子さんが自宅に設けた子供の図書館、「かつら文庫」に毎週通った。そこで『楽しい川辺』という石井さんが訳した本に出会う。


海の飛行場

 私が子供だったころ、飛行機はまだめったに乗れるものでなく、爆音がすると顔を上げ上空を飛ぶ機影を仰ぎながめ、ひたすらあこがれていた。幼稚園の庭から大磯の空を横切る双胴機を目撃した鮮明な記憶があり、あれは米空軍の輸送機フェアチャイルドC119であったはずだ。あるいは羽田空港の見学デッキで、ダグラスDC7C、ボーイング377ストラトクルーザー、そしてロッキード・スーパーコンステレーションといった国際線を飛ぶレシプロ4発の大型旅客機を目にして、いつか乗ってみたいと夢見ていた。

 中学生になってカメラを手に入れてから、空港へ飛行機の写真を撮りにでかけるようになった。羽田にもでかけたが、よく行ったのは伯父の家があって毎年休暇を過ごした広島市西区の太田川放水路と天満川のあいだ、海につきだしたような場所にあった旧広島空港(広島西飛行場を経て、現在は広島ヘリポート)である。瀬戸内海に向かって滑走路が突き出すこの小さなのんびりした空港では、今はもう見られない面白い形の飛行機が離着陸していた。東京から飛んでくる全日空のフォッカー・フレンドシップ、広島大阪便に就航する東亜航空のコンベアー240、広島と松山を結ぶ同じく東亜航空の小型旅客機デハビランド・ヘロンとエンジンを取り替えたその改造型タウロンなど。

 小さなターミナルビルの屋上で、私は定期便の到着を気長に待っていた。やがてプロペラ機が独特の爆音を響かせながら、海の方角から飛来する。いったん空港の上を飛び抜けて市街地の上空へ進み、大きく旋回して空港の方角へ機首を向ける。少しずつ高度を下げスピードを下げ、ゆっくりと着陸した。誘導路を進みターミナルの前で止まってエンジンを切る。空港に静けさが戻る。

 客を降ろし整備士が忙しく立ち働き、しばらくして準備が完了するや、新しい客が乗りこみ、プロペラが回る。滑走路の北の端まで進んだ飛行機は再び瀬戸内海を目指してふわりと離陸し、きらきらと光る瀬戸内海の波の上を舞い上がり、安芸小富士の姿が美しい似島の向こうの空に姿を消した。

 大きさこそ異なるものの、最近の旅客機はみな太い胴体から突き出た主翼に双発のターボジェットエンジンがついていて、あまり変わった形は見あたらない。エアバスとボーイングの旅客機はどれもよく似ていて、見分けがつかない。日本の空はいささかつまらなくなったけれど、空港へ行って飛行機が見えると心が躍るのは、昔も今も変わらない。空の旅をするときには、できるだけ窓側の席に座る。道を歩いていて飛行機の爆音が聞こえれば、子供時代と同じように反射的に空を見上げる。「あれは海上自衛隊のP3C哨戒機だ、米海軍のF/A-18スーパーホーネットだ」などと、一人で密かに確かめ、楽しんでいるのである。

(朝日新聞夕刊1997年9月9日掲載「私空間 海の飛行場」に加筆)